ランニングを始めて気づいた、正直なメリットとちょっとした不安〜完璧じゃなくても、走り続ける理由〜

ご機嫌の種

今日は、ランニングを始めてから感じたことを、正直に書いてみようと思います。

「人生が変わりました!」みたいなドラマチックな話ではありません。

でも確実に、生活のどこかをじわっと変えてきた感じはある。

その「じわっとした変化」を、今日は言葉にしてみます。


一番よかったこと「食べることへの罪悪感が減った」

走り始めて最初に感じたのは、好きなものを食べることへの罪悪感が減ったことです。

例えばラーメンを食べたあと。昔なら「カロリーやばいな…」って、ちょっと後悔していた。

でも今は、「まあ、明日ちょっと長めに走ればいっか」って思える。

この「いっか」があるだけで、食べることがすごく楽になりました。

おいしいものをおいしい、で終わらせられる。それだけで日常の満足度がちょっと上がる気がしています。


体力がついたら、機嫌よく生きられるようになった

階段で息切れしにくくなったり、日常で疲れにくくなったり。こういう変化って、めちゃくちゃ地味です。

でも地味だからこそ、確実に「生活の質」を底上げしている感じがある。

疲れやすいと、何かをやろうとしても「やる気」が出ない。でも体力があると、やりたいことに踏み出しやすくなる。

「ごきげんでいる」ことって、実は体力と切り離せないのかも、と最近思っています。


予想外だった。メンタルが整ってきた

走っているときって、意外と頭の中が整理されるんですよね。

もやもやしていたこと、ぐるぐるしていたこと。足を動かしているうちに「まあ、なんとかなるか」くらいの温度に落ち着いてくる。

走り終わったあとの、あの妙な前向きさ。

40代って、なんとなくもやもやしやすい時期だと思うんです。そういうときに、走り終わったあとの「なんとかなるか感」が、じわっと効いています。


「走るために健康になる」という不思議な順番

ランニングを始めてから、**「走れなくなったら嫌だ」**と思うようになりました。

だから自然と、ストレッチをちゃんとする、睡眠をとる、食事を意識する、という行動がついてきた。

健康のために走っているんじゃなくて、走るために健康になっている。順番は逆なんですが、結果は悪くない。

「体にいいから」だけだとモチベーションが続かなくても、「走りたい」という自分ゴトがあると自然と動ける。何かに熱中するって、こういうことなのかもと思っています。


正直、不安もある。紫外線と活性酸素問題

とはいえ、気になることも正直に書きます。

まず紫外線問題。帽子・日焼け止め・アームカバーで対策していますが、それでも完全には防げない。「将来シミだらけになったら…」と走りながら思うこともあります。

それから活性酸素問題。運動すると活性酸素が増えて老化が進む可能性がある、という話。「体にいいことしてるのに老化も進むの?」とちょっとした哲学モードに入ります。

とはいえ、適度な運動であればメリットのほうが大きいとも言われているし、神経質になりすぎても仕方ない。ちょっと不安なまま、続けることにしています。


もやもやしている人へ

完璧な理由がなくても、続けられる。

走り始めたのは「なんとなく走ってみようかな」というくらいの動機でした。今だって、雨の日は億劫だし、へとへとになる日もある。

でもなんとなく続いているのは、ランニングが「誰かのためでも評価のためでもない、自分のための時間」になっているから。

40代の日常って、知らないうちに誰かのために動いている時間が多い。でもランニングは、純粋に自分のための時間。それが、続けられる理由なのかなと思っています。

このブログ「ごきげんでいこう」では、40代のもやもやをかかえながら、それでも機嫌よく生きていくことを一緒に模索しています。

何かに熱中できると、日常のトーンってちょっと変わるんですよね。それがランニングじゃなくてもいい。「これ、ちょっとやってみたいかも」という気持ちを大事にしてほしいんです。

ちょっと悩んだり、紫外線を気にしたり、活性酸素に怯えたりしながら、それでも普通に走っています。完璧じゃなくても、続けていることって、意外とたくさんありますよね。

一緒に、ごきげんに生きていきましょう。

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